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「――あ」
「どうしたんですか、イオン様?」

 急に声をあげたイオンに駆け寄ると、その手には一冊の本があった。

「『フェレス島史』…?」

 アニスの呟きなど耳に入っていないのか、イオンは装丁をひとしきり眺めた後、無言でページをぱらぱらと繰り始める。

「イオン様〜」

 静かな図書室で声を掛けているというのに、イオンの目は本から離れない。

「もう、イオン様っ!」

 アニスは少しだけ音量を上げて、イオンの肩を軽く叩いた。

「わっ!」

 ようやく顔をあげたイオンは、振り返り、いつものようにふわりとほほ笑む。

「あぁ、アニスですか。どうしたんですか?」
「どうしたんですか? 、じゃありません!」

 思わずこちらまで頬の緩む笑顔に負けじと、穏やかなイオンの声音を真似ながら怒ってみても、当の本人はくすくすと笑うだけ。

「何かあったのかとびっくりしたじゃないですか! …それで、資料は見つかりましたか?」
「まだです」

 そう言いながら、イオンは手元の本に目を落とす。

「ちょっと気になる本があったもので」
「『フェレス島史』がですかぁ?」

(フェレス島、フェレス島……アリエッタの故郷だっけ?)

 アニスに思い浮かぶのは、せいぜいその程度だ。

「イオン様がフェレス島に行かれた事は……ありませんよねぇ」

 目の前にいるそう歳の変わらないこの導師様にとっても、本の中の街でしかないはずだった。

「ないです。ないですけど、題名を見たら、何故か気になってしまって」

 本を見やりながら話すイオンは、どことなく遠い眼をしている。

「おかしな話なんですけど、こういうのを、懐かしいって言うんでしょうか?」
「行った事もないのに『懐かしい』なんですか?」
「はい、そんな気がします」
「ふーん…」

 アニスはもう一度その本を見る。それから、イオンの顔を。

「じゃあ、それも持っていきましょう。で、資料探しもさっさと終わらせましょう。私が知っても大丈夫なものがあれば教えて下さい。探して来ますから」

 イオンはアニスを見て、それから、首を傾げる。

「おかしいって言わないんですか?」
「イオン様がそう思うなら、それでいいじゃないですか」
「…優しいですね、アニスは」
「おだてても何も出ませんよ! 早く終わらせないと、本を読む時間がつくれませんからねー!」
「わかりました、じゃあこれを――」



 遠くに響く笑い声が溶け込み

 図書室はまた 静寂に包まれる







≪あとがき≫
 刷り込まれた記憶の奥底に、アリエッタとフェレス島復興を通して抱いていたイオンの憧れのようなモノが 焼きついていればいいと思います。揺り起こされる事もないけれど、ただぼんやりと。
 こんなですけど、これは「イオン」が主役だと主張しておきます。





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